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方広寺「国家安康」「君臣豊楽」の鐘

2014.03.24.21:34

今回のおでかけで息子が行きたかったところが、方広寺

どうやら、歴史の授業にでてきたらしく、
「方広寺の鐘を見てみたい」とのこと。

方広寺の鐘となる私に、
「大阪冬の陣のきっかけになった鐘やん」
あ~、あの鐘ね
って、方広寺って、どこにあるんだと思ったら、
三十三間堂や清水寺などがある東山にありました。
へぇ~知らんかった

豊国神社
こちらは、豊臣秀吉を祀る豊国神社
方広寺なのに、なぜ豊国神社って思われるかもしれませんが、
この2つは、隣接してあるんです。
なので、この鳥居をくぐって、方広寺へ行くことができます。

実は、私、この豊国神社の存在は知ってたんですよね。
でも、このお隣にお寺があるとは、気付かへんかったわ

方広寺
こちらが、方広寺

方広寺

方広寺
では、この鐘をズームアップ
方広寺
「国家安康」「君臣豊楽」の文字が刻まれています。

家康の文字を分断しているってことで、
豊臣家を攻撃する口実にした、あの文言です。

まさか、豊臣家がこの文字を白枠で囲んだわけはないので、
きっと、分かりやすいよう、後世になって、誰かが白枠で囲んだんでしょうね。
でもね、たくさん文字が刻まれているので、白枠で囲まれていなかったら、
気付かなさそう。
いや~そう考えると、この多くの文字の中から、
この8文字を見つけ出すって、ある意味、すごいと思う。

それにしても、この鐘って、
これだけの歴史的な戦いのきっかけになったにも関わらず、
壊されたりということがなかったんですね。
だって、いくら言いがかりとはいえ、これが気に入らんってことだったのなら、
戦いの後、処分しようと思わなかったのかな。

方広寺
鐘楼の天井画です。

ちなみに、この近くには、耳塚があります。
耳塚
豊臣秀吉が朝鮮半島に侵攻した文禄・慶長の役の際、
戦功のしるしである首の代わりに、鼻や耳をそぎ、日本へ持ち帰った、
それを供養するため、建立されたものなんだとか。

この耳塚、息子が歴史の授業で使っている副読本にも載ってるんですよ。
なんとも残酷なものが載ってるのね

豊国神社の目の前にある公園のすぐ横にあります。
この公園、「耳塚公園」というらしい。
もっと、他の名前はなかったんだろうか・・・

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